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テッド・ウィリアムズ最後のホームラン

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アメリカのスポーツチャンネルESPNが、3年ばかり前に " 100 Greatest Home Runs of All Time(史上もっとも劇的なホームラン100)"というランクキングを発表している。

ベストワンは、1960年のワールドシリーズ第7戦で、ビル・マゼロスキーが放ったサヨナラ本塁打。日本人にはなじみが薄いが、マゼロスキーのこのホームランでパイレーツは、下馬評では圧倒的有利とされていたヤンキースを4勝3敗で下し、ワールドチャンピオンに輝いた。

このランキング、ベスト20までを眺めてみると、それらはワールドシリーズを始め優勝決定シリーズ中のホームラン、もしくはアーロン、ボンズ、マグワイア、マリス等、偉大な記録更新のメモリアルホームランに限られる。が、中にただひとつ、ペナントとも記録とも関わりのない例外の本塁打がある。19位に挙げられているテッド・ウィリアムズの現役最終打席でのホームランがそれである。

テッド・ウィリアムズはレッドソックスが生んだ不世出の大打者。「打撃の神様」と呼ばれ、レッドソックス一筋の19年の現役生活で2度の三冠王に輝いた。通算ホームラン数は521本、生涯打率.344(500本以上のホームランを放った打者の中では最高の通算打率)という輝かしい成績を残し、1966年に野球殿堂入りしている。現役生活中、2度の兵役によって、全盛期の4シーズン余りをふいにしているのが惜しまれる。1941年にシーズン打率.406を記録し、以来メジャーリーグにおいて4割打者は誕生していない。

際立った実力とともに、長身痩躯でハンサムな顔立ちがいっそうの人気を呼んだが、職人気質のかたくなな性格が原因で、地元メディアやチームメート、さらにファンとも衝突を起こした。一方で人種差別を嫌うリベラルな考え方の持ち主で、自身の殿堂入りのスピーチでは、陽の目を浴びなかったニグロリーグのスターたちの功績を訴えている。

マゼロスキーがサヨナラ本塁打を打った2週間前、1960年9月28日の対オリオールズ戦8回裏、テッド・ウィリアムズは現役最後となる打席で劇的にもホームランを放ち、瞬く間にダイヤモンドを駆け抜けた。そのままベンチに引っ込んだウィリアムズに対し、フェンウェイパークのスタンドのファンが、"We want Ted!"と大歓声を送って、その姿を今一度フィールドに現すことを促したものの、帽子を振ってその熱狂に応えることもしないままだった。それは彼が、現役時代を通じてずっと貫いた流儀だった。そして最終イニングの守備も交代してしまった。

「バッティングがうまくなりますように」と流れ星に祈った少年時代そのままに、ただひたすら打撃術を追求し続けたその心の内は、『大打者の栄光と生活―テッド・ウィリアムズ自伝』(ベースボールマガジン社・1973年刊)に忌憚なく披瀝されている。

引退後、ワシントン・セネタースの監督を務めたりした。その後、地元ボストンを中心に、子どもたちのためのベースボールキャンプを長年にわたって開催し、ボストンの人々から今も愛され続ける野球人となっている。

2002年に83歳で亡くなったが、2001年にメジャーデビューしたイチローについて「4割を打てる」と断言していた。

Posted: 2 October 2010

References: 100 Greatest Home Runs of All TimeTed Williams