1年前の2009年7月、オールドボクシングファンにとって、衝撃的なニュースが飛び込んできた。かつて3階級制覇を成し遂げたグレート・チャンピオン、アレクシス・アルゲリョが拳銃自殺したという。
享年57歳。アルゲリョは、引退後政治家として活動し、母国ニカラグアの首都マナグア市長を務めていたが、政敵による暗殺との憶測もあり、未だその死の真相は明らかになっていない。
アルゲリョをテレビで初めて見たのは、70年代半ば、ボクシング世界戦の中継が早めに決着した後のダイジェスト映像だっただろうか。ルーベン・オリバレスを破った恐ろしく強いフェザー級チャンピオン、アレクシス・アレゲリョ(当時はアルゲリョでなく、"アルゲロ"と呼ばれていた)の華麗なファイトが特集で紹介されたのだ。
長身痩躯で口ひげを蓄え、クラーク・ゲーブルを彷彿させる端麗な容姿で、「リングの貴公子」のニックネーム。そして、美しいボクシング・スタイルかつ凄まじいパンチ力で、「破壊的なやせっぽち」との異名もとっていた。ノックアウトで倒した相手にすぐさま駆け寄り、気遣う様子がジェントルマンとして清々しくも映った。
そのアルゲリョが、フェザー級3度目の防衛戦で「KO仕掛人」ロイヤル小林と対戦するために1975年に来日した。デビュー以来18連勝16KOの快進撃を続けていた小林が、アルゲリョの左ボディーブローに悶絶しながらリングに沈んだ姿が鮮明に記憶される。ちなみに小林は、78年にはジュニア・フェザー級チャンピオン、「バズーカ砲」ウィルフレド・ゴメスに挑戦し、その時もスリリングな闘いを展開しながら序盤3Rで倒された。小林の勇気ある挑戦のお陰で、当時の軽量級のスーパースター2人のファイトを見られたことは、この上ない幸運であったと思う。
アルゲリョは徐々に階級を上げ、3階級制覇達成後、さらにジュニア・ウェルターにクラスを変えて、前人未到の4階級制覇に挑む。相手はアーロン・プライヤー。この男がまた無類の強さを誇った。日本の無敗のホープ、亀田昭雄とのタイトルマッチで1Rにダウンを奪われながら、委細構わず野獣の如くラッシュをかけまくり、あっという間に逆転KOを果たした様子を中継で見たが、その破天荒な戦いぶりには度肝を抜かれた。
アルゲリョとプライヤーは、1982年11月に、世紀の一戦としてマイアミでグローブを交えた。早いラウンドならプライヤー、長引けばアルゲリョに分があると見られていたが、結果は壮絶な打合いの末に、プライヤーがアルゲリョを14R失神させてタイトルを守った(当時、世界戦は15R制)。この試合は、リング誌によって、年間最優秀試合のみならず、80年代のベストバウトにも選定されている。
ただ試合後、プライヤー側のセコンドがラウンド終盤の休憩時に、スタミナ持続効果のある薬物を混入した水をプライヤーに飲ませたドーピング疑惑が取り沙汰された。結局、真偽は定まらなかったが、このこともあって、翌年9月に2人は再戦。しかし、アルゲリョは再びプライヤーの前に10Rノックアウトで返り討ちにあい、引退を表明した。
アルゲリョ自殺の報の直後、スポーツチャンネルESPNの電話インタビューにプライヤーが応じている。プライヤーはアルゲリョを偉大なボクサーとして尊敬し、互いの引退後も交流を続けていたことを述べながら、深く哀悼の意を表していた。
プライヤーのオフィシャルサイトには、「偉大なアレクシス・アルゲリョ」というページが設けられ、2人の親しい友情を物語る写真が掲載されている。http://www.hawktime.com/id62.html
References:
The Best Boxing Matches Ever
Best boxing match of all time - Boxing Forum
http://en.wikipedia.org/wiki/Alexis_Arg%C3%BCello
http://en.wikipedia.org/wiki/Aaron_Pryor
Posted: 1 August 2010
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