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山崎豊子作品リスト

山崎豊子の主要作品リスト

山崎豊子の主要作品を発表(刊行)年順にリストアップしています(1957年『暖簾』から2009年『運命の人』まで)。タイムライン上のリンクをクリックすると作品情報が表示されます(参考:BOOKデータベース)。タイムラインはドラッグまたはスクロールホイールで左右に動かすことができます。← →。

山崎豊子が1999年に上梓した小説作品『沈まぬ太陽』。 一流航空会社に勤務する主人公 恩地元は、安全対策が最大の使命である会社の労働環境や職場条件を健全化、改善すべく、労組委員長として奔走している。沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)だがその行動は会社上層部に疎まれ、10年にも及ぶアフリカ・中東への左遷をはじめ、理不尽かつ陰険な処遇を様々に受ける。会社を相手に闘い抜く覚悟の恩地だが、自分の信念を貫くことで、時に家族や同僚にも不遇が及ぶ結果に懊悩し、葛藤する...

作品はフィクションの形式をとりながら、描かれる巨大航空会社の実在のモデルは言うまでもなく、先般、会社更生法の適用を申請し、存亡の危機に瀕する日本航空である。週刊新潮にこの小説の連載が開始された後、日航関係者の間で、作中の登場人物と実在の人物との「対照表」が出回ったという。

山崎のこの小説『沈まぬ太陽』が2009年に映画化された際、記者会見の席上で主演の渡辺謙が、感極まって涙を流すシーンがテレビで映されていた。「作品完成に至るまでの苦労や御巣鷹の遺族の姿が去来した」のだという。日本航空の負の部分が大写しになる映画だけに、撮影にあたり、日航側からの協力は当然得られなかった。航空機や空港現場のダイナミックな映像が必要とされるこの種の映画で、航空会社の協力がなければ撮影が難渋することは想像に難くない。

しかし、そもそも映画化以前に、腐敗した航空会社とそれに敢然と立ち向かう一社員の勇気に満ちた生き方を描いたこの原作小説が、作者山崎の苦しみの産物だったことが当人のインタビューから窺える。これによれば、作品を着想したのは、山崎が『大地の子』を書き上げた後、休暇でナイロビを訪れた際、現地で案内役をしてくれた人物と出会ったことに由来する。その人物こそ、『沈まぬ太陽』の主人公 恩地のモデルとなった故小倉寛太郎であった。小倉の日航労組委員長時代の回顧談に触れ、利益至上に陥った会社の姿勢に懐疑し、「空の安全」を確保するため組織の不条理に抵抗し続けた彼の会社人生を原型に、作品を描くことを山崎は決意する。

しかし、いざ執筆を始めると、会社側から取材妨害や誹謗中傷を浴び、上層部への直接のインタビューは一切拒絶される。いきおい取材は現役社員とOBの良心派を通じて地をはうような厳しいものになったという。御巣鷹遺族への聞き取りも山崎にとって大変つらいものだったと語っている。ボーイング社へも実情解明に赴いたが冷たいあしらいだったという。

西山事件と『運命の人』

『沈まぬ太陽』に続いて、山崎が10年ぶり2009年に刊行した作品が『運命の人』。こちらは、1972年(昭和47年)に起こった「外務省機密漏洩事件」を作品の題材としている。この事件は、山崎の古巣、毎日新聞の敏腕記者西山太吉が、沖縄返還協定の交渉の過程で、本来アメリカ政府側が支払うべき基地の現状復旧費を日本側が肩代わりするという日米間の密約をスクープしたことから始まる。西山記者は、密約がさらに国会の場で追及されるよう国会議員に機密資料のコピーを渡すが、当時疑惑を追及した社会党の横路孝弘議員(現衆議院議長)の振りかざした文書コピーがテレビ画面にアップになったことで、漏洩の犯人探しが始まり、程なく西山が外務省の女性事務官と情交の末に機密文書を入手したことが世間に知れることとなる。これを境に世間が事件に注ぐ眼は、沖縄返還に関わる「密約の有無」「国民の知る権利」から、「新聞記者と国家公務員の不倫」というスキャンダラスな形に一変した。

『運命の人』では、第一部でこの事件を脚色を加えながらフラッシュバックし、第二部では、職と家族を失い故郷を離れて沖縄の僻村に流れ着いた失意の主人公 弓成亮太が、素朴な村民との交流を通じて沖縄の悲劇と実情に真に直面し、ジャーナリストとしての精神を呼び覚まされていくという展開を辿る。

昨今、この密約の存在があらためて裏付けられ、他にも一部外務省OBが情報公開に積極的な姿勢を示すようになっているものの、存命する事件関係者への取材を通じた事実の掘り起こしは、相当なエネルギーを要するに違いない。作品が仕上がるまで、日々、緊張と様々な思いが募りながらの創作作業と察せられる。『運命の人』は文藝春秋誌に連載されていたが、連載終了時、章末にまとめて列記された取材協力者の数に圧倒された覚えがある。

1926年生まれの山崎豊子氏は現在84歳。死ぬまでペンを握り続けるというが、綿密な取材が身上だけに、次回作が登場するまで今しばらくの時間を要しそうだ。

Posted: 4 February 2010

Reference: Wikipedia
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