Rintaro.net

ホーム »  人と歴史  » 

昭和の歴代首相

明治維新後、日本で内閣制による政治が始まって以来、誕生した総理大臣は、伊藤博文から現在の麻生太郎首相まで92代(59名)に達している。昭和の世の最初の首相は、25代若槻禮次郎。最後は74代竹下登。昭和の歴代の総理大臣たちが、戦争の暗闇を招き、終戦から戦後の高度経済成長と安定、国際化へと至る道筋を主導してきた。

第40代首相、東条英機は対米開戦時の総理大臣、日本を泥沼の戦争に引きずり込んだ張本人として代表的A級戦犯とされる。風貌もいかにもヒール(悪役)といった感じだが、天才肌の軍人ではなく門閥もない出自の中、受験勉強を懸命に重ねてのぼりつめた努力家だったという。また連隊長時代、部下の再就職先探しに奔走したり、兵隊の食事に気を配ったりと、きめ細やかで真面目な性格も持ち合わせていたらしい。

陸軍大臣時、「生きて虜囚の辱を受けず」という戦陣訓を訓令として発したが、敗戦直後、自らこれを実践するかの如く占領軍の逮捕前に拳銃自殺を計るも、失敗。かえって「恥の上塗り」との嘲笑を招くことにも。終戦から3年後、東京裁判の結果、絞首刑に処される。

そして、42代鈴木貫太郎は終戦時の首相。もはや勝つ見込みのない戦局を終結させるべく、昭和天皇の強い要請により77歳という高齢にして就任する。貫太郎夫人の足立たかは天皇の養育掛。鈴木も天皇の侍従長を務め(侍従長時代の2.26事件で瀕死の重傷を負う)、天皇から実の父親のように慕われていたという。

戦争末期、天皇は和平の道を模索しながらも、軍部強硬派が徹底抗戦を譲らない。「天皇」と「大元帥」という天皇の二つの立場が、戦争終結の決断を困難にしていた。昭和20年8月の御前会議で、ポツダム宣言受諾派と降伏条件再照会派とで3対3に分かれたとき、「統治権を総攬する天皇陛下にすべてを委ねる」という鈴木首相の進言があって、遂に昭和の戦争終結の聖断が下ることとなる。

昭和の歴代首相一覧

歴代 氏名 在職期間 在職日数 最終支持率
25,28 若槻禮次郎 T15-S2,S6 690 -
26 田中義一 S2-4 805 -
27 濱口雄幸 S4-6 652 -
29 犬養毅 S6-7 156 -
30 齋藤實 S7-9 774 -
31 岡田啓介 S9-11 611 -
32 廣田弘毅 S11-12 331 -
33 林銑十郎 S12 123 -
34,38-39 近衞文麿 S12-14,15-16 1035 -
35 平沼騏一郎 S14 238 -
36 阿部信行 S14-15 140 -
37 米内光政 S15 189 -
40 東條英機 S16-19 1009 -
41 小磯國昭 S19-20 260 -
42 鈴木貫太郎 S20 133 -
43 東久邇宮稔彦王 S20 54 -
44 幣原喜重郎 S20-21 226 -
45,48-51 吉田茂 S21-22,23-29 2616 -
46 片山哲 S22-23 292 -
47 芦田均 S22-23 220 -
52-54 鳩山一郎 S29-31 745 -
55 石橋湛山 S31-32 65 -
56-57 岸信介 S32-35 1241 -
58-60 池田勇人 S35-39 1575 43.4
61-63 佐藤榮作 S39-47 2798 17.3
64-65 田中角榮 S47-49 886 10.6
66 三木武夫 S49-51 747 19.4
67 福田赳夫 S51-53 714 34.3
68-69 大平正芳 S53-55 554 27.3
70 鈴木善幸 S55-57 864 15.8
71-73 中曽根康弘 S57-62 1806 40.6
74 竹下登 S62-H1 576 4.4

Reference(除く最終支持率):
内閣制度と歴代内閣(首相官邸ホームページ)

 

Posted: 15 July 2008