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風の良寛

良寛」というと幼い頃、『りょうかんさま』という伝記で、子どもたちと手まりをついて遊んだり、隠れんぼに興じていて、そのまま寝てしまったなどというエピソードを読んだ記憶があるが、結局何をした人かというと、ほとんど印象に残らぬままだ。

江戸時代末期に越後に生まれた良寛は、旧家の長男として名主見習いとなったものの、風の良寛 内向的な性格からその重圧に耐えかね、18歳で仏門に入り、岡山県玉島円通寺の国仙和尚のもとで修行を行う。師が入寂した後は諸国行脚を続け、40歳にならんとする頃故郷に戻って国上山に五合庵という貧しい草庵を結び、乞食(こつじき)僧として余生を過ごすのだが、生涯特定の寺に属することなく、社会的身分も地位も財産も持たず、まさに、とりわけ何もことを為さなかった人と映る。

しかし、良寛は内面において深い哲学的思索や自己の生き方への問いかけを続け、ひたすら心の充足を得るために無一物の境涯を自ら選んた人だった。学問にも秀で、書や漢詩に一流の技能を持ち、謹厳な生活を送る一方、酒やタバコも好きで、70歳を過ぎてから30歳の貞心尼と恋愛に落ちるという世俗的な一面をも持ち合わせているところが、良寛の魅力を増幅している。繊細で小心ではありながら、世間基準にとらわれない飄々たる生き方を貫いた。

良寛研究家として古くは相馬御風会津八一がおり、現在でも沢山の著述家の手により、さまざまな良寛関係の書籍が出版されているが、先年亡くなった『清貧の思想』『ハラスのいた日々』等の著者中野孝次氏の『風の良寛』は、良寛の生涯を丹念に追いつつ、その心情の奥底に深く迫り、物質文明に暮らす現代人に、無一物の生に徹した良寛の魅力を描き出し、何とも言えない清々しい気持ちに導いてくれる。

氏は、「良寛はその無為と退屈を常態とした人だった。世間的に価値ありとされることなぞ、たとえば金儲けや、耕作や、物作りやを一つもせず、何もしないことを羞じながら、乞食によって辛うじて生を養いつつ、あとは完全に自然の中での無為に徹した。」と書く。その振る舞いは現代人にはとても真似できないものの、その境地をしのぶことは意義あることと強調している。

Posted: 19 September 2007