昭和20年8月15日正午、玉音放送とともに日中戦争・太平洋戦争は終結した。以降、中国大陸、極寒のシベリアや南方に留め置かれていた多くの日本兵、市民たちの内地への引き揚げが、困難を伴いながら始まる。
アメリカGHQの占領政策、昭和27年のサンフランシスコ講和条約発効を経て、日本は念願の独立国となり、連合国諸国との戦争状態は解消した。
昭和31年の経済白書で、「もはや戦後ではない」の文字が躍り、日本は目覚ましい勢いで「東洋の奇跡」と呼ばれた経済復興を遂げていく。高度に整備された住宅や高層ビル、街並み、電化製品の充実、オリンピックや万博の開催、外国文化の流入等、その最中に少年・少女時代や壮年期を生きた人々は、瞬く間に洗練されていく生活環境の変化に、戦争の残滓が払拭されたことを実感したものである。
ところが、昭和47年1月24日、グアム島のジャングルから元日本兵横井庄一さんが現れたという驚愕のニュースに接する。いまだ戦争の爪痕が、片隅ではくっきりと刻まれたままであることを思い知ったものだった。
19世紀末の米西戦争後、アメリカ領となったグアム島は太平洋戦争緒戦における進撃の果て、日本軍が占領するが、形成が逆転した昭和19年にアメリカ軍に奪還される。横井伍長は丁度その頃、歩兵第38連隊の一員としてグアム島に従軍し、日本軍退却の渦中で島に置き去りにされたのだった。投降よりも、命尽きるまで戦いを継続することが帝国軍人の務めと戦陣訓によって刷り込まれた横井伍長は、終戦を知らぬまま原始的な戦闘武器を自ら揃え、ジャングルの地下壕に潜みながら、本国からの次なる指令を待つ日々を送った。
しかし食料調達のため、ジャングルを抜けて川岸にいたところを地元の漁師に発見される。28年にもわたるひとりきりの、想像を絶する孤独な戦争が終焉を告げた瞬間だった。「恥ずかしながら帰って参りました」とは、横井さんの日本到着後の第一声だった。
さらに2年後の昭和49年、フィリピン・ルバング島のジャングルに29年間籠っていた小野田寛郎元少尉が帰還を果たした。こうしてようやく日本人の「戦後」が終わった。
Posted: 7 March 2011
References: Japanese soldier found hiding on Guam
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