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東日本大震災と外国メディアの報道

3月11日に、東北・関東を襲った大地震と大津波、さらに原発事故。未曾有の犠牲者と被害を生み、多くの被災者が不自由で厳しい避難生活を強いられている。マグニチュード9.0という数字は、観測史上最大とも言われ、世界中のメディアも息を呑んでその惨状を伝えている。と同時に、眼を覆うような悲劇の中にあっても、日本人の取り乱さない様子や、困難の中、互いに助け合う姿を各国の特派員が、日本人の美徳として好意的に報道している。

インド紙ビジネスラインは、tsunami
photo by: Official U.S. Navy Imagery
日本への出張中に被災したインド人技術者の「素晴らしい緊急時の態勢ができていた。すべてが精密時計のような動きだった」と、日本人の冷静な避難誘導ぶりを評価する声を紹介。

タス通信東京支局長は、「ほかの国ならこうした状況下で簡単に起こり得る混乱や暴力、略奪などの報道がいまだに一件もない」と指摘し、さらに「東京でも人々は互いに助け合っていた。レストランや商店はペットボトル入りの飲料水を無料で提供し、トイレを開放した」と驚きをもって伝えた。

日本人への敵対心が強い中国でも、震災当日、ビルの中で足止めされた通勤客が階段で通行の妨げにならないよう両脇に座り、中央に通路を確保している人々の写真が掲載されたうえで、非常事態にもかかわらず日本人は 「冷静で礼儀正しい」と絶賛する声がインターネットの書き込みなどに相次いだという。

「防災訓練を受けていても怖いはずなのに、誰もパニックに陥る人はいない。自分の仕事に集中し、連絡を取り合っていた」とは、在日ベトナム人の驚きの声。さらに米紙ウォールストリート・ジャーナルは震災翌日「不屈の日本」と題する社説を掲載、「大自然からの打撃に遭っても生き延びるための備えを、日本人がどれほどきちんとしているか指摘せずにいられない」と防災システムや建物の耐震設計を称えた。

確かに他国でこうした大災害が発生すると、避難民がテレビカメラに向かって、「政府は何もしてくれない」とヒステリックに不満をぶちまけたり、ここぞとばかりに集団的掠奪行為が繰り広げられている映像に遭遇するものだが、今回の地震では、そうした光景は連日のテレビ中継の中でまったく眼にすることはない。むしろ、支援の手に感謝する声が人々から発せられたりしている。行政当局への要望を述べる人も、控えめながらに口にしている。東北人の持ち前の粘り強いパーソナリティも発揮されているのだろうが、日本人の内に意識せずとも伝統的に根づく、「恥の文化」が、こうした時こそみっともない姿をさらしてはいけない、と理性を維持させているのだろうか。

一方で原発事故における情報開示ぶりには、海外からの批判が高まっている。日本政府の発表は信頼がおけないとしてドイツ政府は厳しく非難し、追従して外国人が帰国を急ぎ始める事態に至っている。意図的な情報隠しを行っているとは見えないが、外国メディアには、日本人の表現力の拙劣さや連絡調整能力の不足がもどかしいようである。

東電には原発対応以外に計画停電の不手際等に対し、非難が集中している。しかし、恐らく多くの幹部や職員たちが使命感を秘めて、想定外かつ刻一刻と変化する状況に、不眠不休、必死で努力を続けていることに思いをめぐらせれば、誰が責められようか。米メディアも、厳しい状況の中、命懸けの復旧作業にあたっている作業員や消防隊員、機動隊員、自衛隊員の献身的、自己犠牲的な行為を感動的だと褒め称えている。

 

 

Posted: 21 March 2011