Home »  Music  » 

昭和の歌|高度経済成長期

知床半島は平成17年7月、一帯の豊かで特徴に富んだ生態系や、希少な魚類、動植物の重要な生息地であることが評価され、自然遺産として世界遺産に登録された。一躍世界にその名を示すこととなった知床だが、そもそも国内で知床ブームが起こったのはさかのぼること35年前、昭和45年に加藤登紀子が歌った名曲『知床旅情』のヒットを契機としてだった。昭和の高度経済成長真っ只中の当時、国鉄が旅行客の拡大を狙って展開していた「ディスカバージャパン」キャンペーンと相乗し、文字通り『知床旅情』の歌謡に旅心を誘われて、人々が知床を訪れるようになったのだ。

この歌の原曲は、その10年程前に森繁久弥によって作られた。知床半島知床半島の番屋で、猫だけを相手に厳寒の一冬をすごす男の物語『オホーツク老人』(戸川幸夫)に感銘を受けた森繁は、自らプロダクションを設立してこの小説を『地の涯に生きるもの』として昭和35年に映画化する。映画のロケは、北海道羅臼村(現羅臼町)を中心に同年の3月から7月まで行われたが、5ヶ月に及ぶ当地での製作にあたっては、村を挙げての協力が行われた。そして撮影が終了して羅臼の人々と別れるに際し、それまでの惜しみない協力に感謝を込めて森繁が贈った歌が、後に『知床旅情』として大ヒットすることになる『さらば羅臼』だった。
歌詞をあらためてなぞってみると、森繁の村民へ寄せた素朴な友情の念と羅臼を去りがたい感傷の気持ちが伝わってくる。

羅臼町のはずれにある海に面した小さな「しおかぜ公園」には、森繁の筆によるこの『知床旅情』の歌碑と、映画『地の涯に生きるもの』で主役を演じた森繁久弥をモチーフにした『オホーツク老人』の像があるという。

29 December 2008

 

高度経済成長期の昭和歌謡の名曲をピックアップしています。曲名をクリックすると動画が再生されます。