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昭和の歌|戦前~終戦

およそ戦争ほど人間の気持ちを絶望的にし、荒廃させるものはないだろうが、わが人生の歌がたり―昭和の哀歌その戦争の最中に生きた人々は、いったいどのようにして希望の灯を繋いでいたのか。文藝春秋の2007年5月号で、「わが引揚げ体験と昭和の歌」と題して作家の五木寛之氏と数学者の藤原正彦氏が対談している。二人ともそれぞれ満州、朝鮮から命からがら内地に引き揚げてきた厳しい幼少期を過ごしているが、難民キャンプや収容所での希望も何もない生活の中、大きな支えとなったのが、流行歌、歌謡曲だったと語っている。

軍歌は別として、昭和はじめの戦時や終戦直後にも人々の心を揺さぶったヒット歌謡や名曲が数々生まれていたという。戦争世代でなくとも、その悲劇に思いが至るような年齢になると、「戦時歌謡曲」の歌詞やメロディーが心に染み入る。

『誰か故郷を想わざる』は昭和15年の発売。戦地を慰問に訪れた渡辺はま子がこの歌を歌うと、居合わせた兵士全員が望郷の思いから涙し、渡辺も思わずもらい泣き、満場が涙に包まれたという。

「今日も暮れゆく 異国の丘に 友よ辛かろ 切なかろ」という『異国の丘』。原曲がシベリア抑留の兵士の間で歌われていたが、終戦後、NHKの「のど自慢」で帰還兵士が歌ったところ、たちまちのうちにヒットすることとなった。

戦後初の大ヒット曲として懐メロでもおなじみ、昭和21年1月発売の『リンゴの唄』では、人々の新しい時代への期待が、鮮やかな「赤いリンゴ」と「青い空」、テンポ軽やかなメロディーに表現されているようだ。

一方で、物資欠乏の中、貧しい者は日々の糧を得るために、やるせない生活を強いられる。街娼に身を落とした自分の惨めさを嘆いた『星の流れに』は、満州から引き揚げてきた22歳の看護婦が、自ら新聞に投書した実際の顛末がモチーフとなっている。スタジオで、作詞家、作曲家、歌手が皆、女性の不幸な境遇に思いを馳せ、涙を流しながらこの曲を収録したという。

28 December 2008

 

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