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ディア・ドクター

小説『きのうの神さま』で2009年度上半期の直木賞候補となった西川美和氏。「本業」は映画監督で、助監督経験を経て、2006年に公開された『ゆれる』で一躍脚光を浴びた。その西川監督が、『きのうの神さま』を原案として製作した最新作品『ディア・ドクター』を観た。

舞台は、とあるのどかで牧歌的な棚田が広がる山深い僻地。極端に高齢化した村の診療所に勤めるのが笑福亭鶴瓶演じる伊野治という医者で、この物語の主人公である。ディア・ドクター [DVD] 伊野以外、この村に医者はいない。いきおい伊野は内科、外科問わずどんな病気の患者も診る。診療所はいつも老人で賑わっている。愛犬の治療にまで、村人は伊野の元を訪れる。真夜中の急な往診や村はずれの独居老人宅への定期回診も厭わず、伊野は村人のために献身的に尽くす。

映画は滑稽な描写を交えて、高齢化、活力の失われた過疎地、医師と患者の信頼関係等、医療を中心とした現代社会が抱える深刻な課題を浮き彫りにするという展開を帯びる。

しかし、西川監督がこの映画で第一に意図した主題は、「人間の虚と実」という問題だった。村民から神様のように慕われている伊野は、実は医師免許を持っていない。ディア・ドクターすなわち偽医者である。大学病院に勤務した父親に倣い、自らも医師を志したが夢かなわず、製薬会社の営業職に従事。そうした経験から得た多少の医学的知識を元に、多額の報酬でもって医師の受け入れに奔走していた無医村に素性を偽ってもぐりこむ。素人として医療行為を施すという悪質な犯罪に手を染める一方で、素朴な村人たちを親身に思いやる気持ちが、次第に心の内に高まってくる。

西川監督は、自作『ゆれる』が秀作として国際的にも評価され名声が高まった自身に、かえって違和感と居心地の悪さを覚えたという。西川氏の謙虚な人柄が窺えるが、どんな人間も社会生活を営むうえで、特定の役割を好むと好まざるとにかかわらず演じているものだ。時に、本来の自分の姿と異なる様相を自覚し、戸惑う。据わりの悪さを感じ、不安のままいつしか人生は過ぎてゆく。そうした思いが去来したことから西川監督は「贋物」にまつわる話を着想し、思案した末に、偽医者をその軸に設定した。

監督自ら書き下ろした脚本の素晴らしさはもちろんであるが、この映画では何より「沈黙と静寂の演技」が印象に残った。危ういごまかし半分の治療を続けつつ、患者の生命と健康の尊さに心から思いを致し、のっぴきならない状況に陥ってしまった自分にうろたえ、悄然と考え込む鶴瓶のうつろな表情。そして老年の孤独と侘しさ、都会に暮らす子供たちの足手まといになるまいと決意し、自らの余命を受け入れ沈思する八千草薫の演技。役者がなりわいとしてまとう「虚実」には、見事に修練されたものがあるとあらためて感銘を受けた。

Posted: 4 August 2009