第81回アカデミー賞が先日発表され、日本映画『おくりびと』が2008年度の外国語映画賞を受賞した。歴代のアカデミーの名作に仲間入りするというこの快挙を、日本の各メディアも一斉に報じた。
死者に最後の化粧や身づくろいを施す「納棺師」という職業を紹介しながら、その仕事をめぐる主人公と周囲の葛藤や心模様、人間に不可避な死の問題を正面から描いたこの作品。「永遠の旅立ち」を演出する所作と儀式が、とりわけ外国人には日本的な神秘性と結びついてとらえられたのかもしれない。
中国四川大地震の時、瓦礫の中から掘り出した遺体に対し、まず全員で黙祷を捧げた後、安置所へ運んだ日本の救助隊の振る舞いに、多くの中国人が喝采を送ったことが思い出された。死者に接して抱く厳かな気持ちは、民族を問わず人の心の内に自然に発露するものに違いないが、その感情を明確に行為にして表現する習俗は、日本人においてより顕著といえそうである。
ところで映画の本格的な誕生は、1895年にフランスのリュミエール兄弟による「シネマトグラフ」の開発に遡るとされる。以降、アメリカで1905年に初の映画館が誕生、アカデミー賞は1929年に授賞式が開始されている。歌舞伎や浄瑠璃等の「観劇文化」が庶民に定着していたこともあって、日本における映画の発祥と勃興の時期は、アメリカに遅れをとってはいない。すでに大正時代に膨大な数の映画が量産され、昭和初めには、今の時代にも評価される名作が生まれている。しかしながら、流入するハリウッド発の洋画に、当時の日本映画界は大きな刺激を受けながらも、技術や水準の彼我の差を痛感させられていたようである。太平洋戦争の最中、1939年のアカデミー賞をほぼ独占した『風とともに去りぬ』を上海で観た日本の某映画人は、この戦争の敗北を確信したという。
80年を超える米国アカデミー賞の歴史。それを真似た「日本アカデミー賞」の開始は1978年。本家と比べて和製オスカーの伝統の浅さやスケールの小ささは否定しようもないが、毎年TV中継されることも手伝って、今や日本でもっとも権威ある映画賞となっている。『おくりびと』もアメリカでの栄誉獲得の数日前に、主演女優賞を除く同賞の主要部門をさらった。近年、国内では邦画の人気が洋画人気を凌いでおり、日本映画界も活気づいている。あらためて両アカデミー賞の歴代受賞作品を確認してみると、心躍らされた名画の記憶が蘇る。
Posted: 26 February 2009
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『雨あがる』 第23回(2000年)
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『もののけ姫』 第20回(1997年)
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『忠臣蔵外伝 四谷怪談』 第17回(1994年)
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『シコふんじゃった。』 第15回(1992年)
『息子』 第14回(1991年)
『少年時代』 第13回(1990年)
『黒い雨』 第12回(1989年)
『敦煌』 第11回(1988年)
『マルサの女』 第10回(1987年)
『火宅の人』 第9回(1986年)
『花いちもんめ』 第8回(1985年)
『お葬式』 第7回(1984年)
『楢山節考』 第6回(1983年)
『蒲田行進曲』 第5回(1982年)
『駅 STATION』 第4回(1981年)
『ツィゴイネルワイゼン』 第3回(1980年)
『復讐するは我にあり』 第2回(1979年)
『事件』 第1回(1978年)
『幸福の黄色いハンカチ』
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